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動物個体群学

 同じ地域に生息する同種個体の集合体のことを個体群と呼びます。個体群は、個体群生態学という用語があるように生態学の上で重要な概念です。私は、個体群の理解のためには様々な分野を融合させた学際的アプローチが必要だと考えています、例えば個体群の由来を知るためには系統地理学の視点が必要でしょうし、同種・異種との相互作用によって維持される個体群の動態を理解するためには行動生態学の視点が必要でしょう。個体群の未来を守ることを考えれば、保全生物学の視点も必要になると考えられます。私は哺乳類個体群を「つぶさにみる視点」と「全体を俯瞰する視点」の両者を持って研究を進めています


① 瀬戸内の哺乳類の研究

 個体群は他の個体群と交流を持ち、連続的に分布するのが通例です。そのような個体群は、他の個体群との境界が曖昧である場合が多く、全体像を掴むことが困難です。しかし島嶼個体群は、他の個体群と明確な地理的隔離が起きている点で特徴的であり、個体群の範囲の全体像を把握することが可能です。私は瀬戸内の島嶼環境を活かし、島の哺乳類個体群の研究を進めています。それぞれの島ならでは面白さと、複数の島が関連し合って生み出される複雑な全体像の両者を描き出したいと考えています。



優位なオスは効率良く寒さを凌ぐ?

 群れで生活する動物は、群れの中の立場によって得られる利益の量が異なります。そのような利益の例としては、繁殖機会や良質な食物などが有名であるものの、それ以外についてはよくわかっていません。私は、小豆島の風物詩である「巨大猿団子」に着目し、群れの中の優劣順位と防寒の関係について調べました。猿団子の写真をひたすら撮り、オスの団子内の位置と接触個体数を分析したところ、優位なオスほど内側を陣取ることが多く、より多くの個体と接触し、効率良く寒さを凌いでいることがわかりました(Ishizuka 2021)。優位な立場がもたらす利益の種類は防寒を含めて様々であると考えられます。

 本研究は反響が大きく、毎日新聞読売新聞日本経済新聞、「飛ばないトカゲ(小林洋美さん 著)」などで取り上げていただきました。また、一般向けのWEB記事も執筆しています。


子の性別によって母親の「友達付き合い」が変動する

 ニホンザルは、メスが生涯を生まれの群れで過ごす一方、オスは生成熟前後に移出します。このような性差は、母親の育児戦略や群れのメンバーとの関わり方にも影響している可能性があります。そこで小豆島のニホンザルの毛づくろいや近接行動を観察し、母親と子供の関係や、他のメスとの親密さを定量的に分析しました。母親は息子よりも娘と一緒に過ごす頻度が高くなっていました。また、未成熟の娘をもつ母親は他のメスとの親密さが減少する反面、未成熟の息子をもつ母親にはそのような傾向が見られないこともわかりました(Ishizuka & Inoue 2023)。未成熟の娘を持つ母親は、娘とともに過ごす時間が長いため、他のメスと関わる時間が犠牲になっていると考えられます。母親はオトナメスとの関係から得られる「今」の利益よりも、成長後の娘から得られる「将来」の利益を優先しているのかもしれません。


島の哺乳類の起源と侵入の歴史

 小豆島には様々な哺乳類が生息しています。その中には、瀬戸内海誕生と同時に本土から地理的に隔離された種もいれば、本土から泳いで渡ってきた種、本土から人為的に持ち込まれた種もいるでしょう。私は小豆島に生息するニホンザル、ニホンジカのDNA分析をところ、両種ともに本州由来であることがわかりました。他方、ニホンザルでは多系統が侵入・現存している反面、ニホンジカでは単系統しか現存していない点で異なることがわかりました(Ishizuka et al. 2024)。哺乳類が島に侵入・定着するプロセスは、種によって異なると考えられます。

 近年はイノシシの研究に尽力しています。瀬戸内地域ではイノシシが瀬戸内海を泳いで渡り、島嶼に侵入・定着しています。このような「海を渡るイノシシ」に注目し、分布拡大の経路や、生態系への影響についての研究を進めています。


② アフリカのボノボ・チンパンジーの研究

 群れを構成する動物の場合、個体群の構成因子の一つは「群れ」です。それぞれの群れ間では、直接的競合や個体の移籍など様々な関わりが生じます。そのような個体群の構成因子間の関わりを理解するためには、近隣の複数群の個体識別をおこない、つぶさに観察することが必要になります。そこで私は、個体識別がなされた隣接複数群のボノボ・チンパンジーを対象とし、以下の研究を進めてきました。



群れ間の配偶に関する研究

 ボノボは隣接する群れが出会った際に、異なる群れの個体間の交尾が頻繁に見られるという点で特徴的な哺乳類です。このような行動は、隣接する群れの間で配偶による遺伝的交流が行われていることが示唆されます。そこで隣接する3群のオスとアカンボウの血縁関係を調べたところ、オスが隣の群れのアカンボウの父親となることは稀だと考えられました(Ishizuka et al. 2018)。また、最優位なオスが配偶の機会を独占する傾向にあり、それには母親からのサポートが関係していることも明らかにしました(Surbeck et al. 2019)。このような配偶パターンは、群れ内のオス同士の血縁を強める反面、隣接する群れのオス間を遺伝的に分化させることも明らかにしました(Ishizuka et al. 2020b)。ボノボの異なる群れのオス同士の敵対性は他の哺乳類と比べて高くありませんが、その「非敵対性」は遺伝構造によって支えられているわけではないと考えられます。

群れ間のメスの移籍に関する研究

 ボノボのメスは、性成熟する前後に生まれた群れを出て他所の群れに移籍していきます。しかし群れを移出した個体がどこに移籍して行くのかについては、あまり研究例がありません。そこでDNA分析によって隣接する群れのメス間の血縁関係を分析し、そこから隣の群れに移入するメスの割合を推定しました。その結果、隣接群に移入するメスの割合は半数以上であるという結果が得られました(Ishizuka et al. 2020a)。ボノボは隣接する群れ間の敵対性が低いことで知られていますが、それには多くのメスが隣接群に移入し、隣接群のメス間に血縁関係が存在することが関係しているのかもしれません。

 ボノボなどの類人猿のメスは群れ間を移籍することが通例ですが、中には移籍をを行わず、生涯を出身群で過ごす個体も存在します。メスの移籍の有無の多型には、オスとの血縁関係に基づく近親交配リスクが関係している可能性があります。現在、近親交配のリスクがメスの移籍の有無や割合にどのような影響を与えるかについての研究を進めています(若手研究 22K15191)。

上記のボノボやチンパンジーの研究は、総説(石塚 2021)や、分担執筆した著書(Ishizuka 2023)の中でまとめています。


その他の研究

筆頭著者としての研究

・ニホンザルの出産直前のメスが養子取りし、出産後に実子とともに育児を施すことを発見しました(Ishizuka 2020)。貴重事例の報告②です。双子の父親を調べようとしたら、母子間の血縁がないことがわかりました(驚)。

・ボノボの食痕に残された唾液が、DNAを収集する上で有用な試料になることを示しました(Ishizuka et al. 2019)。本研究のおかげで野生ボノボのDNA試料収集の効率がUPしました。

・ボノボの母親と死児の関わりを観察し、報告しました(Ishizuka 2019)。貴重事例の報告①です。


共著者としての研究

・ボノボの母親が他群のアカンボウを養子にすることを発見しました(Tokuyama et al. 2021)。

・ボノボのオスが他群の周辺を単独で放浪することを発見しました(Toda et al. 2018)。

・希少鳥類であるコウノトリのMHC領域のゲノム構造の一部を決定しました(Tsuji et al. 2017)。私の卒業研究の一部です。